「去る12月上旬、私は日立市の有志の方々に案内されて、五浦に遊んだ」
河上徹太郎氏の「日本のアウトサイダー」に収められている「岡倉天心」の第二章の書き出しである。
これは日立ロータリークラブ5周年記念の文芸講演会に講師として河上氏と玉川一郎氏を招き、その翌日、河上氏を五浦へ案内した時のことである。
「有志の方々」とは高橋三郎さん、佐藤 進さんと私であった。
最初の予定では午前中に五浦を見物して、午後は佐藤さんと大洗でゴルフをすることになっていたのであったが、天心の旧居やお墓を廻って、五浦観光ホテルの離れで酒をはじめ悠々と酒杯を重ねて夕暮に及んだ。
河上氏も同じ文中にこのことを
「昼間から天心にあやかって蜿蜒と宴を張った」
と書いてある。
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半日の長宴なのでどんなことを話していたか殆ど忘れてしまったが、ホテルで出た「花春」という酒(会津産)から白虎隊の話になり、更に一転してシューマンの歌曲「二人の擲弾兵」を歌うというような調子で、実に闊達な痛飲であった。
最後には天心先生にあやかって我々だけで飲んでいては申訳ないから、お墓に酒を上げようということになり、女中さんにお銚子を持たせてお墓へ行き、土饅頭に注ぎかけた。
このお墓について河上氏は
「この中に未亡人の手で星崎はつ子の写真が一緒に葬られているそうである。」
と書き、天心とはつ子との関係を十行ばかり書き記しているが、この話はその日の五浦閑談では出ていなかった。
その日河上氏が酒を注いだのは専ら天心の「誌骨」の方であったと思う。
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